映画『エヴェレスト 神々の山嶺』を公開初日に見てきました


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以前から何度かこのブログで取り上げていた、映画『エヴェレスト 神々の山嶺』を公開初日の12日に見てきました。個人的に好きな原作ということもあり、公開を楽しみにしていた作品でもあるのですが、その分期待外れというか正直ガッカリな内容でした…。
エヴェレスト 神々の山嶺 電子特別合本版 (角川文庫)
(以下、一部ネタバレしつつの愚痴が続きます)

映画化により一気に薄まったストーリーとリアリティのない映像

まずは原作における重要なシーンの多くがカットされ、なんとも中身の薄いストーリーになってしまっていること。タダの山登り映画じゃん、と。2時間という限られた尺では仕方ないことなのかもしれませんが、原作ファンとしては「これならやる意味なかったのでは?」としか感じなかった脚本です。
羽生、深町というキャラクターが抱える思い、心の葛藤はほぼ描けていませんし、肝心のマロリーのカメラの謎はどこへやら。深町が羽生という男の半生を取材し掘り下げながらそこに自信を投影していく重苦しくも読み応えのあった前半部、なんと軽く流されたことか…。元グルカ兵のナラダール・ラゼンドラ、アン・ツェリン、羽生の3人の人生の対比なども原作では大きな見所の1つだったはず(ナラダールは登場すらしない)。
その一方で映画オリジナルの味付けも無用なものばかり(何故か生きている長谷、その理由も不明。深町がバーで若者相手にキレるシーン、岸涼子がエベレストに向かって恨み言を叫ぶシーンなど、思い返しても酷い)。

そしてこれは無粋な突っ込みではあるのですが、リアリティの部分でも甘いと思わせる描写だらけ。1993年の設定とは思えない装備や機材が次々に登場し(この辺、昨年公開の『エベレスト3D』はよくできていました)、まるでモンベルの広告映像を見せられているかのよう。脚本さえ良ければ、そのような枝葉末節は気にならなかったのでしょうけども、ストーリーに集中できない故に、些細な箇所の雑さばかり気になってしまう悪循環。

ちなみに、深町がエベレストで使っていたカメラはMF時代のCanon New F1だったようですが、1993年にプロの山岳カメラマンが使うカメラとして妥当なものなのでしょうか? 極度の寒冷地故に手動巻き上げのMFカメラを使う必要があったとか…? 正直これもよく分かりません。
ラストの深町の帰還シーンなどもかなりわざとらしく、同じような極限状態からの帰還を描いた『運命を分けたザイル』(最近、Amazonのプライムビデオで見ましたが、衝撃的な映画でした)と比べてしまうとなんとも…。

* *

…といった感じで個人的には酷評ばかりになってしまいますが、そんな脚本の中でも役者達は精一杯の演技をしていたと思いますし、相変わらず阿部寛の暑苦しい演技は見応えがありました。ただし、あの大男が7年もの間、ネパール人シェルパに扮して各国のエヴェレスト登山隊に潜り込んでいたという裏設定は、無理がありすぎるのですけど…(笑)

できれば原作小説か漫画版を読んで欲しい

私が小説版の後に読んだ矢口ジロー画による漫画版でも、一部のストーリー改編、省略は行われていましたが、原作の軸は一切ブレていませんでしたし、絵で見せられる漫画というフォーマットの表現方法を最大限に生かしたものとなっていました。実際にヒマラヤロケまで行い、よりリアリティさの追求も可能であった今回の映画版においてそれがなされなかったのは残念でなりません。

もちろん、本映画を見て楽しめた方もいることでしょう。そんな方にまでこのような感想を見せてしまったことは大変申し訳ありませんが、できることならば原作(又は漫画版)が未読ならば、是非一度あたって頂ければと思います。よりこの作品の深い部分まで楽しんで頂くことができると思いますので。

エヴェレスト 神々の山嶺 (角川文庫)

エヴェレスト 神々の山嶺 (角川文庫)

神々の山嶺 上 (ヤングジャンプコミックスGJ 愛蔵版)

神々の山嶺 上 (ヤングジャンプコミックスGJ 愛蔵版)

神々の山嶺 中 (ヤングジャンプコミックスGJ 愛蔵版)

神々の山嶺 中 (ヤングジャンプコミックスGJ 愛蔵版)

神々の山嶺 下 (ヤングジャンプコミックスGJ 愛蔵版)

神々の山嶺 下 (ヤングジャンプコミックスGJ 愛蔵版)